自堕落日記

気ままに思ったことをつらつらと書く備忘録的なアレ

最近になってわかったこと

 Twitterがちょっとアレなことになりだしてから、みすきーやら青空やら象さんやらと各々が他のSNSを使いだしたわけですが。例に漏れず私も青空と象さんにアカウントを持ってるんだけど、何ていうか息が詰まるなって。閉じられた小さなコミュニティが既に存在していて、独自の文化を持っている場所になっていて。私が求めてるのは独り言をぼやいてる人に対して反応したいときに反応するっていうものなんだよね。だけどSNSを覗いてみるとTLにはその時々で話題になっているものがあって、ユーザーはそれに反応して会話をしている。勿論気にする必要なんてなくて、気が向くままに投稿すれば良いんだろうけど躊躇してしまう。

 鍵垢にするほど見られたくないっていうよりかは、本当に好き勝手にそれぞれがそれぞれの独り言をぼやいているのを眺めるのが好きだったしそこに一人のユーザーとして混ざるのが好きだったんだと思う。会話をする、交流をするほどの繋がりは求めてないって表現したらわかりやすいかな。雑踏の中で道行く人を眺めたり、自分もその中の一人になったりしたいっていうか。行きつけの喫茶店やバーにいる常連のお客さんと交流したいわけじゃない、そんな感じ。

 

 だから多分、アカウントは持っていても結局のところがつがつ投稿したり話題を追ったりはしないんだろうなって予感。それが好きな人たちにはとても居心地が良いのだろうし、別にそのことに対して不満があるわけでもない。単純に気づきを得て、私には向いてないんだなっていう事実を手にしただけ。次からはそういうところを避けられるようになるし、経験って大事だよなとぼんやり。

 なんやかんやでこうやって誰が見るかもわからないネットの片隅でぐだぐだと思ったことや頭に浮かんだことを備忘録代わりに投稿するのが一番性に合ってる。誰かが見るかもしれない、誰も見ないかもしれない。それは別にどうでも良くて、ただ単純に記録したいっていう気持ちが強い。私にとってSNSへの投稿は交流ツールというより、メモやミニブログの感覚だったから使い方の問題かね。

 ともあれ、好きなことを好きなときに好きなだけ書き殴れる場所があるっていうのは幾分が気が楽になる。子供の頃は日記をつけていて、それが大学生になるまで続けてたから半分癖みたいなもんです。

 

 全然関係ないんだけど、使ってるPCのスペックがそろそろきつくなってきたから友達に新しくPCを組んでもらうことになった。諸々の詳細はこれから詰めることになるけど、楽しみだなと。バイオRE4がスペック足りなくてカックカクな状態で遊んでるから、そこで違いが実感できると思う。急かすようなことはしないし、先方もそのあたりはわかってくれてると思うけどやっぱり早く欲しいなって子供みたいなことを考えたり。まあそんなこんなです。

 

 そして更に話題は変わって、先日祖父が亡くなりました。88歳の大往生だったけど、最後に会ったのが5年以上前だったからやっぱり後悔は残ってしまった。祖父母の家が遠くてなかなか気軽に会おうと出来る距離じゃなかったとはいえ、初孫だったしもうちょっと何かできたんじゃないかなって。お通夜とお葬式に出る為に弾丸で行ったけど法事ということもあって精神的にも疲れてる気がする。あんまり良くないなあ。